2012年2月15日水曜日

AEDの講習を受けました。

◇出張中に運良く講習を受ける機会を得ました。
・説明官が最初に質問。
・「AEDというのは、止まった心臓を復活させるためのものですか?弱った心臓を復活させるものですか?」と。
・私は、ためらわず前者に手をあげました。が、・・・
・間違っていました。
・AEDとは、「自動 体外式 除 細動 器」なんです。<Automated External Defibrillator>
・心臓は動いてはいるが、邪魔している余計な”細動”を外部から機械的に除いてやる機械なんだそうです。
・このことを理解しただけでも受講した意味がありました。
・説明の後、(訓練用の)倒れた人役のマネキン(上半身のみ)を前にして、受講者が順番に傷病者発見役、救急連絡役、AED操作役の立場になってデモをしました。
・あと、AEDのパッドは、衣服を脱がせ肌に直接貼り付けること、胸毛が濃い場合は付属のかみそりで剃ることなどもはじめて知りました。
・こういう訓練的なものは性に合っているんでしょう。はりきってやりました。
・胸骨圧迫(心臓マッサージ)も担当官から「上手!」とお褒めをいただきました。

・何か質問は?に
・「外傷のない場合だけでなく、転倒時の事故等で頭部の出血を伴う場合とか、刃物等での傷害時でも同じ措置でいいのですか?」と尋ねると、
・はっきりと「そうです。また、心配停止状態でAEDが作動しない場合も胸骨圧迫は救急車が来るまで続けることが大事です。」と。
・実際にそういう場面に出くわした場合、冷静な処置ができるか?不安を感じますが、今後も(できればステップアップした)講習を受けることでその不安を解消できればな、と思います。
・その前に私自身がAEDのお世話にならないように心がけます。

2012年2月14日火曜日

1年ぶりに「新宿ものまね館キサラ」に行きました。

・ほぼ1年ぶりでした。楽しめました。
・TVで見るものまね番組も楽しいものですが、やはり”生”は迫力がありますね。

・ジェロ、矢沢、五木、昼間は高校の音楽講師と昨年のメンバーとさほど変わりませんでした。
・”出場者”数も今回は少ないかな?と感じました。
・ですが、客がステージを盛り上げていました。



・一番良かったのは、バックダンサーの二人。特にポニーテールの娘の動きが素晴らしいと思いました。
・激しくシェイクしていても体の軸や頭の位置がぶれません。リズム感もあれは、天然モノですね。
・多分、どんなスポーツをやっても人並み以上にやれるのでしょう。

2012年2月13日月曜日

シニア割引で映画に行きました。

◇奥さんに、「映画行こうか?」と投げかけたら・・・
・何の映画を見に行くのん?
→三丁目の夕日!どう?
※内心、拒否の返事だろうと思っていましたが・・・
・ええよ、いこ。このTV(水谷豊の「相棒」の再放送)が終わったらね。との返事。
※二人で映画を見に行ったのは、結婚してから記憶がない!
※恋人時代に「ジョーズ」を見に行って、奥さんにしがみついて薄眼で見たのは強烈な記憶がある。
・幸い、映画館も空いていて、コーヒーカップを手にデートでした。
・でも、3Dメガネをかけての2時間半は、ちょっと疲れました。
・内容は、よかったです。気を使わなくても済む奥さんが横だったこともあって感動で涙も流れました。
・莫大な費用をかけなくても、こんないい映画ができるんだと感心しました。
・冒頭の東京タワーのてっぺんから直下の映像はすごかったです。どこからがCGなのかも良くわかりません。
・ただ、時代考証が少し甘くないかな?と感じました。
・私の小学校低学年時代の雰囲気でした。ということは、5~6年は古い感じ。
・神戸よりも時代の足が速かったはずの東京では、ちょっと合わない風景。
・これからこういう時間を意識的に作っていきたいと思います。
◇今度は、エディーマーフィーの出ている、「ペントハウス」を見に行くぞ!

2012年1月26日木曜日

寒い日が続いていますが、ちょっとホッとする感じ・・・

長い間、映画館に入ったことがありません。
”ぜひとも見たい!”と思う作品もなかったこともありますし、
たまに家でごろ寝しながらTVの多チャンネルで古い映画を安心して見ることで満足でした。
でもやっと、「これは映画館で見たいな」と思う映画が見つかりました。
どこの映画館でやっているのかとパソコンで調べているうちに”大発見”がありました。
な、なんと通常1800円の映画が、千円ちょうどで見れるというのです。これは安いと思いませんか?
もともと私は、遊び関係の出費は、1時間千円の感覚を持っています。
例えば、ゴルフでは、1ラウンド+昼食+ラウンド後の風呂で滞在時間が約7時間×千円+昼食&茶店代等で1万円は許容範囲。フットサルも一人頭で割り勘するとそんなもんです。飲み屋では多少足が出ますが、別の付加価値がつきますので、仕方ないかと考えています。
そこへ、この情報です。1時間あたり5百円ではないですか。うれしいですね。
と言うわけで、ちょっとホッとする感じ・・・なんです。
ただ、この割引が、”シルバー割”(60歳以上)というのに多少、引っかかりを覚える初心者マークのシルバーエイジの私です。

2011年6月9日木曜日

S君の訃報・・・

◇幼稚園から高校までずっと一緒だったS君の訃報が届いた。
・中学と高校の6年間はサッカー部の仲間でもあった。
・3年前に病に倒れ、闘病生活を送っていたが、昨年の夏、サッカー仲間と連れ立って見舞いに行ったときには、元気そうだったのに・・・。
◇同級生の死は、やっぱりキツイ!
・葬儀で読経が流れる中、40数年前のボールを追って走り回った姿を思い出して涙があふれた。

東日本大震災被災地へ



6/4(土)
三田市の自宅を出発。給油し一路東北へ出発。名神高速道路は、それなりの交通量でしたが、北陸自動車道に入るとのんびりムードに一変。
富山の小矢部川SAで昼食休憩の後、燃料タンクのランプがつくまで連続走行。
結局、新潟の黒崎PAで給油、52.6ℓ。ここまで624km。
磐越自動車道に入り、会津若松を経て、磐梯山を左手に見ながら郡山ジャンクションへ。東北自動車道の福島の国見SAで夕食後、宮城の古川ICを出て、予約のビジネスホテルへ到着したのが、21時すぎ。930kmのドライブでしたがほぼ順法走行だったので、14時間かかりました。やはり東北は遠い!と実感。
兵庫を出て、大阪、京都、滋賀、福井、石川、富山、新潟、福島、宮城と9県走破でした。


6/5(日)
津波で被災した陸前高田市の気仙中学校に行きました。
湾の一番奥に位置し、気仙川河口沿いのこの学校は、3階建ての屋上にまで津波に襲われ、校舎は建っているものの、裏手の体育館は土台を残すのみ。荒れ果てた校舎内は、そのときのままで言葉も出ません。しかし、適切な避難誘導によって一名の犠牲者も出なかったとか。普段の訓練と冷静な行動が功を奏したのでしょう。
川を隔てた対岸には、TV報道された“一本松”がありました。

そのあと、避難所となっている「正徳寺」を訪問。話をお聴きしました。
当初は100名程いたが今は高齢者中心に30名ほどになっている。体育館とは違い、畳の上で過ごせるのはありがたい。また、連日ボランティアが作業に入ってくれていて、作業場所や作業内容の連絡などの対応に追われているとのお話をお聴きしました。


大船渡市も同じような状況であることを移動の車中から見て取れました。しかし、海から数キロ離れたところでも川をさかのぼってきた津波がもたらした被害の大きさはとても信じられるものではありません。橋脚を壊し、鉄道の線路を剥いで、また流された車両の中には原形をとどめず車の好きな私も車種が特定できないものも多くありました。前夜、ホテル見たTVのニュースでは、600キロ離れた北海道の海岸に岩手の高校バレー部の校名入りのボールが流れ着き、送り返されたそのボールを「奇跡のボール」と名づけ、部活動を再開して試合に臨んだとありました。

週末からボランティアに入っている兵庫のメンバーを激励しました。
流された2500台の車両を集め、ナンバー広告して、所有者から申し出のあった分からナンバーをはずす作業をしていました。
一関市の山目小学校は、3/11の地震、その後の余震で一部の校舎にひび割れ、新築の体育館の壁面が崩れ落ちていました。「修復の予定だが、材料がはいらないとのことで応急処置のままです」との教頭さんの顔が心配そうでした。

6/6(月)
宮城県仙台市の東北朝鮮人学校を訪問しました。ここも余震を含む地震で校舎が傾くほどの被害を受けていました。撤去するにも巨額の費用がかかるなど対応に苦慮されています。現在は、寄宿舎等で授業を再開していますが、そこも土台が一部波打っているのを確認できました。
日朝友好兵庫県民の会のメンバーが送ってきた激励の寄せ書きの中によく知った方々の名前を発見し、それぞれがその関係の中で被災地への思いを実践されていることを知り、心温まるものを感じました。


帰路は、仙台空港から伊丹行きのチケットが取れて空港へ向かいました。
仙台空港内は、JALとANAの仮設のカウンターと、駅のキオスクのような小さな売店があるだけで、喫茶室も自販機さえもありません。待合ロビーのTVがニュースを流しているのが救いでした。

定刻に離陸した50人乗りの小型機は、当然飛行高度も高くなく、正味1時間のフライトは快適でした。大阪城が見えたとき、帰ってきたと正直ホッとしました。

報道だけではわからない現地の様子を肌で感じ、これまでとは違う自分の意識を認識しています。

2011年5月16日月曜日

姫路城!


・修復作業中の姫路城に行ってきました。
・事前にネットで見学申込もしましたが、特にその必要もなかったようです。
・修復作業の説明ボードやビデオから、何百年前にこれだけのものを作り上げた人間の英知とパワーに感激です。
・20年ほど前に、中国の万里の長城の上に立ったときと同じ思いでした。
(できればピラミッドもヨーロッパの古城も、インカ遺跡もこの目で見たいと思っています。)
・中国故宮の芸術品もすばらしいと思いますが、権力者の嗜好、意向で作られたものより、「敵から守る」など実利のためにあるものにより興味をそそられます。
・それにしても、そのときに手に入る資材で人の労力だけで、と考えるとホント、すごいです。
・また、50年前の昭和の大修復時の写真にも驚きました。
・職人のすごさを見せつけられました。
・全国にいろんな城がありますが、やはり姫路城が抜きん出ていると痛感しました。
・中には、城の修復にかける費用で救済すべきことがある!という人もいるんでしょうね。
・でも私は、後世の人にもぜひ見てもらいたいと思います。
・「かけがえのないこの地球は、先人から受け継いだのものであると同時に、未来に生きる子どもたちからの預かり物である。」と再認識した次第です。
・写真は、西の丸の「百間廊下」の中央部です。